私がこの仕事を選んだ経緯
上司からの運命の一言

学校を卒業して、何年かソフトハウスでプログラムを作っていました。
来る日も来る日も他人の給与計算をしているのに飽き飽きしていた頃、直属の上司が退職する、という話を聞きました。
かなり頭の切れる仕事が出来る人で、私も慕っていたので、どうして辞めるのか聞いて見ると、
「他の人達には内緒だよ。」と、こんな話をしてくれました。

これから、コンピュータは大きく変わる。
全世界がネットワークで繋がって、自宅に居ながらハイビジョンのモニタでショッピングしたり、海外の友人と顔を見ながら会話をしたり、そういう時代になる。
実は、九州まで光ファイバーが来てるんだよ。
これから国内が整備されれば、自宅で仕事や買い物ができるようになる。
パソコンだって劇的に変わって、一家に一台の時代が来る。
そうすれば、今と同じ仕事なんてやってたんじゃ取り残される。
第一線に居たいから、東京に行って会社を作ることにしたんだ。

当時私は20代前半。
ぼんやりとしかイメージできず、何となく聞いた夢のような話しでしたが、とても印象に残ったのを憶えています。

Macに出会ってしまった

それから数年後、相変わらず給与計算をしていた私に、センセーショナルな出来事が起こります。
それは、「Machintosh」との出会いでした。
今まで CUI で動作するものしか扱ったことの無かった私は、強烈なショックを受けました。
ディレクトリ(フォルダ)が、「絵」!??!???しかも、ファイルをドラッグすると、簡単に移動する。
今までは、タップリ一行分の命令を打ち込んでいたのに・・・。しかも、カワイイ♪
迷わず初期型のMacを購入。
それと同時に、インターネットに出会います。

・・・そこで蘇る、あの時の上司の話。「これのことだったんだ!!」
汎用機なんかで、給与計算なんてしてる場合じゃない!

HTML とにらめっこ

それからは、何とか「インターネット」を仕事にしたいと思うようになりました。
とりあえずは、「ホームページ」。
まだ当時はマニュアルもほとんどなく、あっても英語のものばかり。
英語はからっきしの私が独学で勉強するには、ページとソース( HTML )を見比べる他ありませんでした。
でも、そこはプログラム経験のある強み。ホームページを理解するのに、そう時間は必要ありませんでした。

・・・と、これが私が「インターネット」を仕事にしようと思ったきっかけです。
思えば、あの上司が居なければ、そして彼が私に「インターネット」の話をしてくれていなければ、
私の人生は変わっていたかも知れません。

そんな大役務まるの?

そうこうしているうちに、思いがけないオファーが入ります。
それは、某パソコン教室での「ホームページ作成講師」の依頼。
しかも、お相手は「県庁職員」。・・・何で私なの?他にもホームページを作っている大きな会社は沢山あるはずなのに。
よくよく話を聞いてみると、「教えられるスキルの人が他に見つからない」とのこと。
確かに、会社に営業に行っても「ホームページ?何だそりゃ?」って言われてた頃。
パソコン教室のパソコンも、インターネットに繋がっていなかった頃でしたから。

前職の時にワープロの講師くらいはしたことあるけど、ホームページを教えるのは初めて。
しかも、お相手が県職員とあっては、絶対にハズせない!
でも、私には一つ大きな強みがありました。
・・・それは、「人前であがらない」という図太い心臓。
学生の頃はバスケットボールで大きな試合にも何度も出場しましたが、緊張した経験は全くナシ。
そのせいか、友人に頼まれて200~300名くらいのパーティで司会をしたり、人前で話すのは得意でした。
うーん、チャンスかも♪ホームページのことなら、何を聞かれても答えられる自信もあるし。
・・・ということでお受けしたお仕事でしたが、この講習が何と好評で5年間続きました。
概算で、何と1,000名以上私の講座を受けた計算になるんです。

9年前から、くらしき作陽大学で「 ウェブデザイン技能検定 」を取得するための講義をしています。
学生たちとの交流も、私にはとても良い刺激になっています。

ウェブデザイン技能検定
口コミ強し!

キィポイントを立ち上げて20年。
女性だけの小さな会社なのに、「どうしてそんな仕事が受注できるの?」とよく聞かれます。
何よりも、元上司のおかげでこの仕事に対する着手が早かったこと。
そして、お仕事の受注は殆どが「口コミ」だということ。
信頼している方からのご紹介だと、私たちのことも信頼して頂けるようです。
そして、何よりも「手を抜かない仕事をして、満足して頂く」こと。

特に取り柄の無い私だから、今までお世話になった方たちに感謝しながら、毛が生えた心臓で頑張って行きたいと思っています。